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昨年同様に特別ゲストを迎えた恒例カマイレ会合宿、今回はハワイよりクムフラ.エトア.ロペスを迎えることで更に特別感を増した。
クム.エトア.ロペスは人間国宝アンクルジョージ.ナオペ率いるHalau O Naopeから最初にウニキ[卒業]をした人。
僕等は河口湖添いにあるホテルへと到着。終始霧がかかる富士山を見るのは今年も同じ。しかしクム.エトアは30分おき程の感覚で
ホテルから富士山が見えるポイントを探し出し、見つけてはオリを唱え、見つめては故郷を思い出していた。
何度か日本に来ているにも関わらず、クム.エトアにとって、初めてのマウナ・フジ[富士山]。
と、ここまで書いてあるにも関わらず、実の所僕は、ホテル到着後に高熱を出す。申し訳ないぐらい顔面蒼白。 集合時間になり、合宿参加者が集まり出す。その時に僕は一人部屋の中、ひえピタシートとシナール(ビタミン剤)と戯れていた。
実は今回の合宿で僕はクム.エトアよりアラカイ[一番弟子]として指名されていて、レッスン楽曲の振り付けやその意味、 そして通訳等を任されることになっていた。「そんな大それたこと出来ません」なんて言う前に体が拒否してしまったのか…。
あるいは、「お前にはまだ無理」と誰かに言われた結果だろうか。
というわけでクム.エトアやクム.カマイレの後日談を伺うところによると、合宿レッスンの全ては順調に進んだという。
大きい会場にワヒネ[女性]とクプナ[シニア]、そしてお互いに違うメレ[曲]フラ。
クムフラとしては頭がごちゃごちゃになりそうなレッスンの仕方。しかし二人のクムフラはそれに挑む。やり遂げる。頭を整理する。
そして汲み取るハウマナ[生徒]達。クム.エトアは後日こう語る、
『生徒達のフラに対する姿勢が強ければ強いほど、僕にインスピレーションを与えてくれる、そしてそれは僕にとって物凄く感動的な作業なんだ』と。
振り付けとはただ単に曲の意味を表現するだけではないと言う事。そこには人々が持つ感性や感情が含まれるのだということ。それが、『HULA』だということ。
その意識レベルを超越したところに笑顔がある。そう。今年も新たに10年目を迎えたハウマナ[生徒]がいる。この活動報告にも良く出てくるあの人物。
ハワイ島でウニを踏んで以来仇名が付いてしまった過去を持つあの、『ウニリ様』(詳細情報)。
今年はクム.エトアがオブサーバーとして表彰式を執り行い、彼女にはカヒコ・アウアナ共にソロで踊ってもらった。
10年の歳月を経て体に染み込んだHULA。凛とし堂々と踊るその姿に、我々は心を打たれた。後日、彼女に話を聞いてみるとこんな返答が返ってきた。
『嬉しさと同時に、フラを教えて下さった先生をはじめ、フラを通じて知り合った仲間や、友人、家族に対して「感謝」の思いでした。
そしてそういった人との繋がりをこれからも大事にしてゆこう凾ニ思ったのでした。』
そうこうする内に2006年の合宿も終了を迎える。去年とはまた一味も二味も違う合宿だった。フラに真剣に向き合うからこそ生まれてくる表現力。
それを導き出すクムフラ、そして部屋で一人寝込む僕。クム.エトアは部屋から見えるマウナ・フジを見ては感動し、毎朝語りかけていた。
そういう山々への感謝の気持ちはハワイアンのみならず、きっと僕等日本文化にも当たり前のように存在していたはずだった。
何か大事なものを見つけることが出来た合宿だったのかもしれない。
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