Carnegie Hall, Manhattan NYC
2004年12月01日

1/3

写真/文=SHINT.

2004年1月、乃木坂のスタジオに一本の電話が鳴る。ウイラニ.ジャパンからだ。2004年のドラマが始まる前のことだった。 12月にハワイ.コールズがカーネギーホールでコンサートをするということだった。ハワイ.コールズの主要メンバーであった、 ニーナ.ケアリイヴァハマナ(Nina Keali'iwahamana)が、クム.カマイレを指名したのだ。 クム.カマイレは即座にゴーサインを出した。日本人で初めて、ニューヨークカーネギーホールでフラを舞うことになった。

出発当日。カーネギーホールで踊るというマンモスの様なプレッシャーに潰されていたのか、僕はとんでもない失敗を犯した。 パスポートを忘れたのだ。もちろん、成田に着いてから。アハッ。カマイレ会一向は成田で全員集合。様々な種類のニューヨークのガイドブックを手にして、 皆一様に浮かれ顔。僕の従姉は分刻みでスケジュールを組むという始末。ガイドブックが辞典の様な姿に。ドッグイヤーからポストイットで印まで・・・。 『ウニリ日記』(近日公開予定)によると、練りに練られたそのスケジュールは一度もスケジュール通りにはならなかったらしい。 そんな中僕はただ一人顔面蒼白。しかし当日はG2氏がお休みもあって、出発2時間前に無事パスポート確保。 海外でのイベントで常に誰かが何かをやらかすカマイレ会。ネタに尽きないと言えば、尽きないか。いや、見事に自分がネタになってしまった。 御心労お掛けいたしました・・・。

話を戻そう。

出演者はとにかく豪華だ。「天使の声」とまで云われたニーナ.ケアリイヴァハマナを始めニーナの兄であり、やはりハワイコールズのメンバーでもあった ボイス.ロドリゲス(Boyce Rodrigues)、 長年ハワイコールズのソプラノを担当しているイヴァラニ.カハレヴァイ (Iwalani Kahalewai)、ジェノア.ケアヴェの息子であり、形容しきれない程の美しいバリトンの声を出すギャリー.アイコ(Gary Aiko)。とにかく素晴らしいキャストだ。 そしてそんな豪華キャストを迎えて怯える若手二人組み。ウニリとシンは常に挙動不審気味。


張り出された実際のポスター。クリックすると拡大版が見れます。

フラでは「魔法の手」を持つビバリー.ノア(Bev Noa)や、Halau Hula 'O Hokulani、 そして我がHalau Hula Onaona 'O Ka Maileが、 ハワイコールズの楽曲に花を添え、風を運び、ハワイという楽園を描く。牛狩りもしちゃう。・・・牛狩り?

12月1日水曜日、午後13時からリハーサルは開始された。マイクを通してカーネギーホールに響き渡る彼らの歌声は まさにハワイという情景を漂わせる。さらにはハワイを慈しむ心までも促されているようであった。まるで奏でる音色一つ一つが異次元のドアを開き、 温かい絨毯でその三次元異空間を移動し、ハワイへ辿り着いたみたいな錯覚さえ覚える。・・・ドラえもん?


客席から見たステージ。象徴的な天井の高さにリハーサル前の僕の足はすくむ一方。

リハーサルというよりも、場当たり程度の時間しか与えられなかったのはどのイベントにも例外なく一致する。右の写真では少々分かりづらいかもしれないが、 カーネギーホールのステージには日本とは違い上手と下手が無い。入りも出も窓口は常に一つなのだ。すなわち僕等は鮭にならなければならない。 スタート地点がエンディング地点。年末年始のUターンラッシュもビックリ。だから事前に決めていたフォーメーションを変更しなければならなかったのだ。 クムやクプナ達の腹の座り具合からすると、そんな作業は微塵のプレッシャーでもないはずだが、いかんせん臆病者と小心者の三女三男コンビには・・・実際問題大変な作業である。 成魚の鮭になる前にツキノワグマあたりに襲撃されそうだ。

程なくして出演者達は準備[2pics]へと取り掛かり、 一方僕は演者にも関わらず、唯一のフォトグラファーとして会場へ向かった。

NEXT REPORT →